怖い話
これまでに体験した怖い話です。私には霊感はないようなので、そういう話ではありません。
ダイビング中に起きた、起こしてしまった怖いことです。
正直言って恥ずかしい体験もありますが、そういうことをより多く知って頂くことで、注意しなければならないことを、お伝えできればと思います。


1.30歳は身体の曲がり角?

2.カツオノエボシ

3.残圧計がナイトで飛んだ話

4.リバースブロックは怖い

5. 網が降ってきた

6. ガケから落ちる

7. 大深度潜水、荒れる海、岩場のエキジット、山登り

8. 迷子になる、迷子にする

9. 自分が落下する、モノを落とす

10. 極めて危機的状況その1

11. 極めて危機的状況その2

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1.30歳は身体の曲がり角?

皆さんはダイビングをしていて一番怖かったことは何ですか?初心者の方を連れていて見失ったこと、八丈島の南原千畳でショートカットをして崖を上ったら、タンクにカメラハウジングとともに落ちかけたこと、ベヨネーズ(伊豆七島と小笠原の間の無人島)で夫婦だけで潜っていたら、でかいメジロザメ(イタチザメ?)に遭遇したこと等々、いろいろとありますが、身体のことで怖かったことがあります。そして、どれも30歳になったばかりの頃起こったこと。

ひとつは八幡野でボートダイブの帰り、当時のネオプレンドライのネックシールが苦しくて、手を入れて広げて戻ったのですが、港についたら、右半身が痺れて感覚を失いました。しばらく休んで1時間位で直ったのですが、どうやら手で広げたネックシールが首の反対側を圧迫していたためだと思います。こうした行動は減圧症を引き起こす要因だということを後で知りました。

次は、伊豆山で午前中2ダイブした時です。私一人だけ、皆のタンクチャージのためサービスとの間を往復し、休みなしで2ダイブ目を終えて、さあ帰ろうかという時、突然転んでしまったのです。車は港の坂に停めていたので、ああ、自分は坂なのに気付かないでバランスを失ったんだと思って立ち上がってもまた転びます。

これは運転できないなと、奥さんに運転を頼み(彼女は伊豆山の急な坂を登らなければならず死ぬ思いだったそうです:当時マニュアル車)、なんとか帰宅したのですが、翌日医者に行くと「心房細動」との診断。要するに貧血と同じような状態になっていたのですね。心臓の話なので、後々までその医者に風邪などで行くと、その後大丈夫かと毎回聞かれるようになりました。

その次はもっとはっきりした減圧症です。IOPで潜った時のこと。ちょっと深めだったかもしれませんが確か40mよりも浅かったと思います。ダイブコンピュータの指示にも従い、浅瀬で余分に遊んでから上がったのですが、昼食を食べていると背中が痛みます。痛いなあと思っていると、肘や手首などの関節も痛み始め、痛みが強くなっていきます。

これはやばい、フカシしなければと思って、2本目のタンクを急いでセットし(その間も痛みは強くなっていく)、まず6m辺りに潜りました。そうするとすっと痛みがなくなります。そのまましばらく遊んで、3mへ移動し、また遊んでからイクジットしました。また痛くなるかもと思って、機材を付けたまましばらく待っていましたが、今度は痛みは来ませんでした。

これは結構怖かったです。皆さんも30超えたらムチャは止めましょう(どれもそんなにムチャはしていないと思いますけど)。

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2.カツオノエボシ

カツオノエボシ。この名前を聞くだけで忌まわしい過去がよみがえって来ます。

友人約30名に呼びかけて大型釣り船をチャーターし、伊豆七島と小笠原の間の秘境嫂婦岩を目指した時のこと。結局、海況が悪くあきらめ、鳥島で潜ることになりました。いくつかのグループに分け、私も奥さんもそれぞれリーダーを勤め潜ったのですが、私はメンバーが揃うまで海面で待っていました。そうすると耳に鋭い痛みが。

前夜たくさんいたカツオノエボシの触手が触ってしまったのです。そのまま我慢して潜ったのですが痛みで心臓もバクバク鳴るのであきらめ、他のメンバーに合流してもらい一人先にイクジットしました。刺された右耳は2倍位になるかと思う位腫れ上がり、熱めのお湯をかけてもらっている間は楽になりますが、止めるとまた痛みます。

痛みはそれでも1時間位で我慢できる状態になったので、2本目は耳をかばってフードをかぶりました。これがいけなかった。私も教訓を生かせない人間で、また背泳ぎしてしまったのです。そして今度は唯一外に露出していた唇に激痛が。また悪いことに軍手をはめた手でこすったのです。触手が張り付いた手で何度も唇を刺すことになってしまったのです。この時の反省から刺さったと思ったときはこすらず、手を振って水で飛ばすようにしています。

唇はアヒルのように膨れ上がり、水泡がいくつもできました。唇を切り落としたいほど痛かったです。仲間に親切?な看護婦の方もいて、食事もできないだろうと、生まれて初めて点滴されました。もう17年位前のことになりますが、今も唇の先端は白くなったままです。その時撮った写真を見ると河童のような自分がいます。

何も食べられないので、同行したシンセツな看護婦により点滴で栄養補給中です。...が、寝込む程ひどい訳ではありません。悲しそうに見えるのは演出です。 2、3日して多少回復していますが、気泡が破れてカサブタになったりしています。痛そうな顔をしているのもヤラセです。

 

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3.残圧計がナイトで飛んだ話

ダイビングを始めてまだ30本位の時のことです。GUAMへダイビング旅行に出かけました。そこで初めてナイトをやってみようということになりました。ガイドと私たち夫婦の3人です。私は3人の最後尾をついていきました。

潜り始めてしばらくして、残圧を確認しようと思って残圧系を手探り、あぁあったと思って引き寄せ、ライトの光をあてようとしたした瞬間、「バゴーッ」というすごい音がして見渡す限り泡になってしまいました。その泡の一部がそのまま後を引き遠くへ飛んでいきました。

見ると残圧計がなくなっていて、高圧ホースから泡が吹き出しています。幸い水深も5m程度と浅かったので、浮上し、タンクを閉め、それからスノーケリングで泡が飛んで行った方へ向かいました。砂地でもあったため、飛んでいった残圧系はすぐに見つかり、素もぐりで回収しました。そこへ、ついてこない私を探してガイドが戻ってきました。トラブルを報告し、残圧系を見せ、自分だけ戻ると言ってイクジットしました。

砂浜で二人を待ちながら何が起きたのだろうと、見てみてもどこにも異常は見当たりません。唯一思いつくのは、残圧系の高圧ホースへの取り付けが不十分だったのではなかったかということ。その機材は購入してから自分では触ったことはありませんでした。ですからショップでの組み付け、あるいは工場出荷時(こっちが怪しい)で既に不十分だったのではないかと。使っているうちに更に緩み、手元に持ってきたときにとうとう完全に緩んでしまったのでしょう。

砂浜で待つのも退屈なので、実験してみることにしました。残圧系を緩く取り付け、コックをひねると見事にボーンという大音響とともに残圧計が5m位だったでしょうか、打ち上げ花火のように飛んで行きました。

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4. リバースブロックは怖い

2001年はナツホがジュニアも取得したため、以前のペースで潜りまくろうと思っていたのに、いきなりのトラブルに見回れました。それはリバースブロック。

原因は自分の体を過信したためです。

その日は朝の渋滞がいやで、また大瀬崎という距離的に離れた場所へ行くため、前夜、魔が差したのでしょう、「今から行こうか」の一言から始まりました。

その段階で数日前からの風邪が抜けきっておらず、少し咳が残っている状態での出発です。道路には渋滞もなく極めて順調に大瀬崎に到着し、その日宿泊予定のはまゆうの駐車場に到着しました。
ここで仮眠をし翌朝潜ろうという話です。

ここで誤算だったのは、夜中の間中ひっきりなしに車が到着し、中には暴走族と思しき群れもあり、とうとう一睡もできないまま朝を迎えてしまいました。まだ9月のことで暑苦しかったのも理由の一つだと思います。

しかし、以前もこういうことはあったし、体調は良さそうだったので、ダイビングを決行することにしました。これが第一の過ちです。

さて、まずは湾内ということで潜行すると耳は抜けるのですが、頭に輪っかをはめて閉めたような痛みがあります。痛いなあと思いつつも我慢できないほどではありません。少し待っていると楽になるので、少しずつ深く潜っていきました。奥さんは心配そうにこちらを見て、浮上しようという合図をしています。それなのに大丈夫大丈夫と継続しました。これが第二の判断ミスです。

しかし、そのことが気になっていたので、12-3mより深くは潜らず、100気圧ほど余らせて早めに浮上を始めました。ところが少し浮上すると潜行した時と同じ痛みがより強く襲ってきます。本当に数センチずつジリジリとたっぷり時間をかけて浮上していきました。永遠のように長い時間に感じましたが実は30分もなかったかもしれません。

一番恐かったのは残り30cm。ぱっと海面から頭を出し、一気に圧力がなくなったら気絶するのではないかとまで思いました。が、実際はあまり差もなく浮上できました。頭の痛みはまだ続いていましたが、生還したという気持ちが強く本当にほっとしました。

それまで聞いたリバースブロックの話だと、浮上してしばらくすればケロっと直るということでしたが、私の場合はいつまでも痛みが残っています。そこで、宿の方で長岡にお客さんを送っていくから病院へいかないかという有り難い話。

この辺りの緊急病院の順天堂大学病院へ診察に行きました。診断はダイバーなら誰でも知っている副鼻腔炎。このままにしておくと失明するかもしれないよと脅されました。しかも保険証の現物がないと駄目だといわれ、1万円を超える高い診察料を払いました。しかもそこから大瀬崎までのタクシー代が4千円。痛い出費だ。

東京に戻っての通院も2ヶ月近くかかり、その間全く潜れなくなってしまいました。事件があったのは3連休の初日で、大瀬崎でナツホの初ナイトも含め思い切り潜る予定でしたが、翌日帰ることにしました。実は帰路でこの時6歳のよっけも風邪気味で突然耳が痛いと言い出し、沼津市内の病院へ。散々な秋の連休でした。

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5. 網が降ってきた

これはたぶん、東伊豆のどこかのポイントだったと思うのですが、潜水中にいきなり上から刺し網(魚がその網に突っ込むと身動き取れなくなる)が降ってきたことがあります。

刺し網は海底からまっすぐ立てないといけないので、下にオモリがずらっと付いています。そしてその上を引っ張り上げて水中に壁を作るわけです。
ですから、降って来る時はドサッと来るわけです。
私ではありませんが同行した友人は体のどこかにそのオモリを受けてしまいました。
幸いなことに絡まったりということはなかったので、不幸中の幸いです。

そのポイントはゴロタの続く駆け上がりのような場所でした。
落ちてきた刺し網は高さ2mもないような長いもので、漁船は移動しながら、長いエリアにしかけようとしていたようで、少しずつ落としながら去っていきました。
これはダイビングエリア内での話ですので、別に漁場に入り込んでそうなった訳ではありません。

大瀬崎の外海にも同様の刺し網をダイビングエリア内で見たことがありますので、同様の体験をなさっている方、結構多いのではないでしょうか?

刺し網では他に怖い体験をしています。
これは神津島のナイトでの話ですが、横20mか30m位、垂直方向に15m位の刺し網が行く手を遮っていたことがあります。この時は下は砂地でした。
同行した友人がその刺し網に刺さっているニザダイだったか、魚にちょっかいを出したのですが、そのフィンのバックル部分が絡まってしまいました。同行していたガイドも彼を助けようとして絡まってしまい、皆で二人の網を取るのに苦労しました。

不幸は重なるモノで、その網の向こうへダイビングを続けていると奥さんの高圧ホースが切れてしまいました。肩を叩かれて振り返るとそこは一面の泡です。
あわてて、二人で浮上し、エキジットするには網を超えなければなりませんので、二人で先に帰りました。

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6. ガケから落ちる

今度は自分が落ちる番です。八丈島の南原千畳で潜った時のこと、ご存知の通りこの場所は広い板のような岩が広がっており、ポイントまで結構歩きます。

ダイビング後に重いカメラを持ちながら、ふと魔がさした私は、ショートカットしてやろうと、高さ3-4mほどのガケを登りました。もう少しで登り切るという時、カメラを持ち直そうとして、バランスを崩しました。体は後方に引っぱられて、今にも落ちてしまいそうです。

岩だらけの場所ですし、落ちてしまったら大怪我するのは間違いありません。ほんの2-3秒のことだったのでしょうけど、なんとかバランスを持ち直して、登り切ることができました。
ほんの一瞬のことだったのですが、今でもなんて危ないことをしたのだろうと、思い出しては反省しています。

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7. 大深度潜水、荒れる海、岩場のエキジット、山登り

IOPに行った時のこと。天候はあいにくの雨に加え、今にも潜水禁止が出てしまいそうな、潜水中止状態でした。
その時は当時良く一緒に潜っていたIOPでの潜水経験の多い看護婦の方と一緒で、3の根と4の根の45mと60mのところにあるというナヌカザメの卵を見ようということでした。
既にここから計画に問題があります。

2の根まで大きな波に揺られながら水面移動し、潜降開始しました。
45m近辺に行って皆で分かれて探しましたがわかりません。そこですぐに60mのを探そうと更に潜降しました。たぶん5分程度探したと思うのですが、エアが120気圧位になってしまったので、見つからないまま浮上開始しました。途中先ほどの45m近辺でバッタリ卵がみつかりました。
しかし、長居はできませんので、少し観察してすぐに浮上を続けました。

2の根の上辺りで減圧し、浮上してみると波のうねりが大きくなっていました。
これはオクリダシの方が良いだろうと、岸に岸に近づくと、いつもはオクリダシを使わないモノだから、どこなのか良くわかりません。

同行した看護婦さんに尋ねると、前方の湾だということで、接近しました。
ところが近づくとそこは明らかに別の湾でした。しかし既に時は遅く、岸に打ち寄せるうねりに翻弄され、そこでエキジットするしかない状況になっていました。
エアが残っていれば対処もできたのでしょうけど、ほとんど皆減圧で使ってしまっています。

更に接近するとオクリダシとは似ても似つかない、身の丈程の大きな岩がゴロゴロある湾で、ただ波に洗われて皆丸くなっています。
フィンを脱ぎ、波に身を任せてたたきつけられる岩にそのまま取り付き、よじ登って、他の二人の救出に向かいました。二人ともこのような状況でもそれなりにベテランだったので、私同様上手によじ登って、事なきを得ました。
簡単に書いていますが、皆カメラやビデオも持っていたので、実際には何度か失敗しながら体をあちこちぶつけながらのエキジットだったのです。

そこはオクリダシより一つ南側の湾で、釣りの方が残したと思しきハシゴなどもあって、無事細い山道を通って、戻ることができました。

その時の教訓としては;
1.海況が悪いのに無理な計画だった。
2.エキジットポイントの確認が不十分だった。
3.エアの使い方も悪かった。1の根方面へ移動しながら減圧すれば良かった。
まだいろいろありますけど、不幸中の幸いは3人とも結構経験があったことの1点です。

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8. 迷子になる、迷子にする

友人と潜りに行って、一番怖いことは、その友人と水中ではぐれることです。
相手がソロも良くやるようなベテランでは別に気になりません。
何か良いモノ見つけたのかなあ、位にしか思いません。
しかし、相手が経験の少ない方であった場合ほど心臓がバクバクすることはありません。
大げさかもしれませんが、その瞬間その友人を殺してしまったかも、などと恐ろしいことを考えてしまいます。
でも友人を引率する際には、その位の心構えでいなければならないと思います。

ところが、いつでも透明度が良くて、直接目視できたり、泡で確認できるわけでもありません。
そこで、なるべく目印になるようにHIDのライトを点灯したままにしておきます。
引率している時は、後方を照らすようにしています。
そしてまめに存在を確認するようにしています。

これは、透明度が悪くて、しかし水中で方向を見失った際に、浮上して確認するようにしていますが、同行者にまでその危険をさせるのは忍びなくて、自分だけ浮上します。その際にそのライトを上に向けて照射するように頼んで渡します。潜降時にはその光が目印になります。

迷子になったのは、ダイビング始めた頃、たぶんまだ10本ちょっとの頃、式根島の大浦を潜っていた時のこと。
引率してくれていた先輩ダイバーがエアが足りなくなったため、先に戻り、私たち夫婦だけで潜水を続けたのですが、位置を確認しようと浮上したところ、二つの湾の中間にいました。

きちんとナビゲーションもできていなかったので、二人でどっちかなあ、こっちだろうと行った方が中浦という隣の湾で、岸に近寄ると明らかに別の湾。

夏のことでアイスか何か売っていたおばさんに道を尋ねると、山越えになると。
山よりは海が良いねと、もうエアもほとんど残っていなかったので、スノーケルを中心にして、大浦まで海を戻りました。

ところが、岸に近づくとツアー全体をガイドしていたインストラクターの梅さんが、ものすごい勢いで泳いできて、死なせてしまったかと思ったと、大騒ぎです。
本当に申し訳ないことをしてしまいました。

自分が怖いというよりもやはり他人を怖がらせてしまった体験です。

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9. 自分が落下する、モノを落とす

八丈島のボートダイブでハシゴから落ちたことがあります。
天候が悪くビーチエントリーは全滅、それでボートダイブをしようというのですから、当然海は荒れています。

エキジットしようとすると波酔いでもしたのでしょうか、ハシゴの下を掴んで浮かんでいる方がいました。声をかけると先に上がってくれというジェスチャー。
私は通常ボートのエキジット時には、フィンだけ脱いで上がります(状況によってはフィン履いたまま)。
それではと、その時も同じようにフィンだけ脱いで腕に通し、カメラを持ってステンレスのハシゴを上っていました。

その途中で大きなうねりで船が大きく傾きました。
軍手の私は手を滑らせ落下してしまいました。
ところがその下には先程の男性が...。

とっさに身をひねったのでタンクの直撃こそしませんでしたが、私の腕や足が明らかに彼に当たりました。
幸い怪我するほどのことも無くて良かったのですが、以降ボートのエキジット時には、できれば腕をハシゴにかけるなどして、万が一の際にも落ちたりしないように注意するようになりました。

また、同じ八丈島のボートの際のことですが、冬の海で私はドライを着ていました。
当時はネオプレンのドライでウェイトも9kg付けていました。
ところが潜降途中でそのウェイトベルトの装着が不十分だったのでしょう、するりと抜け落ちて、先に潜っている友人のそばを通過して海底へ。
あっと思う間に私の体は海面に引き上げられました。

困ったことにグループの人は全員潜ってしまっていて、私一人海面に取り残されることになりました。そこでボートの船頭さんにウェイトが余っていないか尋ねると1kg玉が3個。

それを受け取って、BCに入れ、ヘッドファーストで思い切り潜行しました。
足がちぎれるかと思うくらい、落としたウェイトに向かって掻きました。

後少しで手が届くと思った瞬間BCの中のウェイトがポロリと落ちて、再度水面へ。
幸いそのジタバタ劇に気付いた友人がウェイトベルトとウェイトを取ってきてくれ、潜行できたのですが、当然私のその日の夜のサカナになりました。

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10. 極めて危機的状況その1

極めて危機的状況に陥ったことがあります。
その日はちょっと出るモノが出なくて、体調もちょっと悪かったのですが、まあいいやと潜水を始めました。
場所は、これも式根島だった気がするのですが、正確なポイントはもう覚えていません。
無意識のうちに忘れたいのかもしれません。
で、潜水中にもうどうしても苦しきなってきて、かと行ってエキジットして、どうこという状況ではなく非常にひっ迫した状況になってしまいました。

そこで、沖の岩場があって、そこならいけると思い、バディの奥さんにウェイト、タンク、ウェットなどを波打ち際で押さえてもらい、ちょっと上の岩場の陰へ行って、思い切り出しました。
もちろん大きい方です。

その瞬間大きな波が打ち寄せました。

波は黒い(茶色だったかも)棒状の物体を、まさしく「水洗」してくれたわけですが、その流れていく先には、自分自身タンクにウェイトを付け、腹這いになって私のタンクやウェイトを抑えて身動きできないで居る愛しのバディが...。

そのマスクの中の表情はまさに半泣きの恐怖であったことを今でも鮮明に覚えています。

ダイビングの前には必ず用を足しましょう、という教訓です。

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11. 極めて危機的状況その2

もう一つ極めて危機的状況に陥ったことがあります。
その日はマリンダイビングの企画で東京湾を潜ろう!というもので、千葉県の工業地帯の長浦という場所を潜りました。冬のことで事前に水温は8度程度ですから、ドライのある方はドライでという注意は来ていました。
ところが前日関東地方は大雪で、当日も雪こそ降っていませんでしたが、あちこちに雪が積もったままの状態で、雪が流れ込んで水温も6度を切る位に落ち込んでいました。

私達もドライを着用し、ボートに乗って、ちょっと堤防の沖辺りまで出ます。この段階で結構準備の遅い方などもいて、結構待たされていたんです。

さて、潜水してみると、寒いせいなのか、人になれていないのか、黒鯛などもあまり動かず、ナイトで寝ているかのように動きません。ハゼやタコ等も見たと思うのですが、その後の出来事で実はあまり覚えていません。

ふと気が付くと、15名ほど潜っていたはずなのですが、既に私たちの4-5名のグループだけになっており、他の方はもう上がろうという仕草。確かにあまりにも寒くてジンジンしてきます。

ボートに上がってみると、皆ガチガチ震えていて、即港へ引き返したのですが、途中、かなりキツイ尿意を催し、しかし、ドライなので出せないし、ボートにはトイレがついていたのですが、そこまで移動するのもやばい状態。

周りを見ると全員どうやら同じ状況の様子。
港へ戻るまでの長いこと。
往路の10倍以上遠い気がします。
その間にも膀胱はキリキリ痛み出し、ボートの上ではジタバタしている人もいます。

やっとのことで港に到着し、ボートがその先端を港に付けるや否や、全員猛ダッシュで港の側の茂みに駆け込みました。
かなり女性も多かったのですが、彼女たちも近くの公衆便所に駆け込んだらしいです。もう自分のことで精一杯で、そのことは後で知りました。

教訓としては、同様にダイビングの前に用は足しておくことはもちろん、万が一のためにトイレの場所は確認しておきましょう。

この時ほどウェットっていいなあと思ったことはありません。

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